問96 道徳律法は、再生していない人々にとってどのような役に立つでしょうか。
問96 道徳律法は、再生していない人々にとってどのような役に立つでしょうか。
答 道徳律法は、再生していない人々にとって役に立つものです。彼らの良心を呼び覚まし、来たるべき怒りから逃れ、キリストのもとに導くため、あるいは、もし彼らが罪の状態と道にとどまり続けるならば、彼らに言い訳の余地を与えず、呪いの下に置くためです。
道徳律法は、親が棒で子供を懲らしめるのと同じような効果があります。しかし、道徳律法には、子供たちが良い行いをするようにと、子供たちを叩く理由があるかもしれませんが、叩く根本的な目的は、彼らが自分の過ちに気付くようにすることです。
テモテへの第一の手紙 1:9-10 「律法は正しい人のために定められたのではなく、不法で不従順な人、不敬虔で罪深い人、汚れた人、父母を殺す人、人殺しをする人、不品行な人、同性愛者、人身売買をする人、偽証する人、偽証する人、そのほか健全な教えにそむくすべての人々のために定められたものであることを、よく知っています。」
教会共同体に召された人々や新しく信仰に目覚めた人々に教会共同体の秩序について道徳を教えることは必要かもしれませんが、道徳律は信者に罰を与え、罪を自覚させる性質を持つため、信者にとって不必要であると言えるでしょう。
今日、新約時代において、私たちは律法を通して罪を自覚するのではなく、悔い改める心を通して罪を自覚し、神の言葉が良心の律法となって罪を自覚するのです。聖書の原則は、良心の律法によって人々に罪を自覚させることではなく、良心を動かす御言葉によって人々に罪を自覚させることです。
ローマ人への手紙 2:14-15 『(律法を持たない異邦人が、生まれながらに律法の行うことを行うとき、彼らは律法を持たないにもかかわらず、自分自身が律法なのです。彼らはその心に書かれている律法の働きを示し、良心が証しをし、彼らの思いは互いに非難したり弁明したりしているのです。)』
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