問91. 神が人に求めておられる義務とは何ですか?

 問91. 神が人に求めておられる義務とは何ですか?


答え:神が人に求めておられる義務とは、明らかにされた神の御心への従順です。

神が人に求めておられることは二つあります。

第一に、キリストから離れて生きる人々は、悔い改めて神に立ち返るよう召されています。使徒行伝17章30節には、「神は無知の時代を見過ごされましたが、今はどこにいる人でもすべての人に悔い改めを命じておられます。」とあります。しかし、人々は神の要求を無視し、拒絶します。この世に生きるすべての人は、もともと神の国における神の民でしたが、神に敵対するためにこの世に来たので、神を求め、見出すよう召されています。これが神に対する彼らの第一の義務です。

人間の本性は、自分の義を得ようとする貪欲さです。だからこそ、人々は神を礼拝しようとせず、神を求めようとしないのです。しかし、人には神を求める心があります。それは、神が人々の中に宗教的な精神を植え付けておられるからです。使徒行伝 17:22 「そのとき、パウロはアレオパゴスの真ん中に立ち、こう言った。『アテネの皆さん、私はあなた方があらゆる面で非常に信心深いことを知っています。通りがかりにあなたがたの礼拝を見ていると、『知られざる神に』と刻まれた祭壇を見つけました。ですから、あなたがたが知らずに拝んでいるものを、私はあなた方に告げます。」

神は人々に信心深い心を与えました。たとえ神を忘れたとしても、その信心深い心で神を求めることができるように。そのためには、自分の力で何かを成し遂げようとする自分の正義を捨て、創造主である神を見つけ、悔い改め、神に立ち返るべきです。悔い改める者には神が来られ、救いの道を開いてくださいます。悔い改めとは、自分が神から離れてしまったことを自覚し、神に立ち返ることです。誰もが生まれつき、あるいは生老病死を通して神を見つけ、求めることができますが、ほとんどの人は悔い改めず、自分にとって有益で都合の良い神を見つけることで、自分の信心深い心を満たそうとします。二つ目は、救いの道であるキリストを見出した人々です。この境地に達した人々は、かつては律法の中にいて、律法を守ることが神の言葉に従う道だと思っていましたが、律法の中にはキリストがおられ、キリストなしには救いはないことを悟った人々です。ですから、神は私たちが律法の行いをやめ、律法の言葉を心に留め、聖霊の照らしのもとに生きなければならないと言っておられます。

神の言葉に従うとは、義務感から命令を実行することではなく、御言葉の意味を心に留め、状況に応じて聖霊の導きに従って生きることです。神の言葉に従うとは、律法の規則に従うことではなく、そこに込められた神の愛を悟り、死んでいた命をよみがえらせることです。

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