問87. 復活について、私たちは何を信じるべきでしょうか。
問87. 復活について、私たちは何を信じるべきでしょうか。
答え:終末の日に、義人も悪人も、死者全員が復活します。その時生きている者は一瞬にして変えられ、墓の中の死者は、その肉体が永遠に魂と結びついたまま、キリストの力によって再びよみがえらされます。義人の肉体は、キリストの霊によって、あるいは彼らの頭であるキリストの復活の効力によって、霊的で朽ちることなく、キリストの栄光の体と同じようによみがえらされます。悪人の肉体もまた、怒りの審判者である主によって、恥辱のうちに再びよみがえらされます。
ヨハネによる福音書 5:26-29 「父がご自分の内に命を持っているように、御子にもご自身の内に命を持つことをお許しになりました。そして、御子は人の子であるゆえに、裁きを行う権威をお与えになりました。このことを不思議に思ってはなりません。時が来ると、墓の中にいる者が皆、御子の声を聞いて出て来ます。善を行った者は命の復活に、悪を行った者は裁きの復活に出て来ます。」
墓とは、肉体が死んでいる墓ではなく、霊が死んでいる肉体のことです。霊の観点から見ると、それは牢獄のようなものです。イエスは十字架上で亡くなり、復活される前に、獄中の霊たちのところへ行きました。ペトロの手紙一 3:18-19には、「キリストも、私たちを神のもとへ導くために、一度だけ罪のために苦しみを受けられました。義なる方が不義なる者の身代わりとなり、肉においては死に渡されましたが、霊においては生かされ、その霊によって獄中の霊たちのところへ行き、宣べ伝えられたのです。」とあります。翡翠は肉体を象徴し、宣教とは世の人々の心の扉を叩くことです。世の人々は罪人を象徴し、ノアが120年間叫び続けた民の比喩です。ノアは120年間叫び続けましたが、彼の家族7人を除いて誰も振り返りませんでした。イエス様も御霊によって人々の心の扉を叩きましたが、扉は開きませんでした。墓に眠る霊たちはイエス様の声を聞きますが、ごく少数の霊だけがイエス様の声を聞き、復活の命を受け、霊が目覚めるのです。
善行を行う者はイエス様と一つになります。イエス様と一つになった聖徒たちは命の復活へと進みます。しかし、イエス様の声を聞いて背を向ける者は悪行を行う者です。彼らは裁きの復活へと進みます。復活の命へと進んだ者は、肉体が生きている間は復活の命を受け、神の国を建てます。しかし、審判の復活へと進んだ者は、霊において肉体は生きている間は獄中で生き続け、ある日肉体が死ぬと、霊は審判をまとい、ハデスで火による審判を受けます。
復活の命を受けた者は、すでにイエス・キリストと共に十字架上で裁き(第二の死)を受けています。しかし、キリストに入らない者は、肉体が死ぬと第二の死の審判を受けるのです。
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