問68. 選ばれた者だけが有効に召されるのですか?

 問68. 選ばれた者だけが有効に召されるのですか?


答え:選ばれた者だけが有効に召されるのです。選ばれていない人々は、外的には御言葉の働きによって召され、聖霊の働きをある程度受けていても、自分たちに与えられた恵みを故意に無視し、軽蔑し、不信仰に陥り、真にイエス・キリストのもとに来ません。

神は、召された人々の中から、ご自身の民として選ばれます。マタイによる福音書22章14節には、「召される者は多いが、選ばれる者は少ない」とあります。

マタイによる福音書22章2節には、「天の御国は、息子のために結婚の宴を設けた王のようです」とあります。王とは神です。息子とはイエス・キリストであり、結婚の宴とは小羊の結婚の宴です。小羊の結婚の宴とは、花嫁を迎えることを意味します。

この世のすべての人々の中でキリストの花嫁となった者だけが、結婚の宴に参加することができます。キリストの花嫁となるためには、イエスと共に死に、キリストと共に復活しなければなりません。小羊の婚礼とは、キリストと一つになることです。人が両親を離れて妻と一つになるように、キリストと聖徒たちは一つになります。ですから、イエスは十字架の前で、神とイエスが一つであったように、弟子たちも一つになるようにと祈られました。一つになって初めて、彼らは神に入ることができるのです。これが復活の命です。

神はイスラエルに招待状を送りました。それは律法のようなものです。律法は、自分たちが罪人であることを自覚し、キリストのもとに来るようにという招待状です。神はイスラエルを選び、この招待状を全世界の人々に送りました。イスラエルはその招待状を受けたのです。マタイの福音書21章で、イエスはパリサイ人と律法学者たちに異邦人が最初に救われるというたとえ話を語り、続いてマタイの福音書22章で婚礼のたとえ話を語りました。しかし、招待されたイスラエルは招待を断りました。その理由は、イスラエルの人々が自分たちが神から離れた存在であることに気づいていなかったからです。

神はしもべ(預言者)を遣わし続けましたが、イスラエルは多くの預言者を殺しました。彼らは自分の息子さえも殺しました。神はキリストをしもべと呼びました。神はイスラエルに復活の招きを送りましたが、「彼らは耳を傾けず、ある者は自分の畑へ、ある者は自分の仕事へ」とあります。イスラエルの人々は律法の中に隠されていたキリストを無視し、キリストを知ることができませんでした。

「自分の畑へ、自分の仕事へ」の「自分」という言葉は、キリストが主人であることを意味します。主人にとって、体は重要です。同様に、主人は地に隠された宝(復活)を見つけることができません。だからこそイエスは自分を否定しなさいと言われ、聖書は「自分」とは神から離れた存在であると教えています。

招きは世界のすべての国々に送られました。「十字路へ行き、出会った人を皆結婚の宴に招きなさい。」十字路とは、イスラエルと異邦人の境界線を指します。ですから、聖霊を受け、力を得て、異邦人に福音を宣べ伝えましょう。

「僕たちは道に出て行って、見つけた悪い者も良い者も、すべて集めました。」ここでの「悪い者」と「良い者」とは、神の目にそう映る者ではなく、この世でそう呼ばれる者を指します。この世のすべての人が対象です。ですから、人々が婚宴に来た時、婚礼の衣を着ていない人が一人いました。王は彼を見つけ、宴会場から追い出しました。

婚礼の衣を着ていない人とは誰でしょうか?婚礼の衣は自分で用意するものではなく、婚礼の場で用意されるものですが、彼らはそれを着ていません。婚礼の場に集まったのは異邦人です。彼らはイエス・キリストを信じることを決意した人々です。キリスト(復活)をまとっていない人々のことです。キリストを着るためには、自分の衣服を脱がなければなりませんが、人はそうしません。自分を否定しなければ、義の衣(復活)を着ることはできません。

聖書は、その衣服を古い人として表現しています。古い人のまま死なない人は、イエス・キリストを信じていると言いながら、自分の義をひけらかす人たちです。彼らは、現在の復活のいのちを持っていません。自分の力で義を実現しようとする人たちです。衣は私が用意するものではなく、ただ自分の衣服を脱ぎ(イエスと共に死に)、用意された衣(現在の復活)を着るだけです。

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