問4. 聖書が神の言葉であることは、どのようにして知ることができますか?
問4. 聖書が神の言葉であることは、どのようにして知ることができますか?
答え:聖書自体が神の言葉であることを示しています。聖書自体の尊厳と純粋さ、そしてすべての部分の統一性は、聖書が神の言葉であることを示しています。聖書が神の言葉であるという事実は、すべての栄光を神に帰すことであり、罪人を説得し、悔い改めさせ、慰め、養い、救うその光と力によって示されます。しかし、人の心の中で聖書と共に証しする神の霊だけが、聖書が神の言葉であることを完全に確信することができます。
聖書は旧約聖書と新約聖書に分かれており、旧約聖書はヘブライ語で、新約聖書はギリシャ語で書かれています。聖書は、神が聖霊の力によって、神に選ばれた人を通して人間に語られた書物であり、罪と救い、メシアに関する預言、メシアの出現と永遠の命について書かれた書物です。
この教義によれば、「人の心の中で聖書と共に証しをする神の霊だけが、聖書が神の言葉であることを完全に確信させることができる」とされ、証しをする者は三人います。ヨハネの手紙一 5:6-8「水と血によって来たのは、この方、イエス・キリストです。水だけではなく、水と血によって来たのです。証しをするのは御霊です。御霊は真理だからです。証しをするものは三つあります。御霊、水、血です。そして、この三つは一つです。」
これは、証しをするのは父、イエス・キリスト、そして聖霊であることを強調しています。父なる神は、すべての権威をキリストに委ねました。父なる神は聖霊を御子イエスに遣わします。ですから、証しをするのはイエス・キリストです。
水は律法を意味します。律法の中に隠されているのはキリストです。血は、この世に来て十字架で死んだイエスを意味します。イエス・キリストは律法の中に存在し、バプテスマのヨハネの後、律法の時代が終わると、肉体をもってこの世に来られました。ですから、証しをするのはイエス・キリストです。
イエス・キリストは律法の中で、十字架上で死ぬ前、そして十字架上で死んで復活した後も、証しをします。律法の中のイエス、肉体をもってこの世に来て律法に従って十字架上で死んだイエス・キリスト、そして聖霊によって復活したキリストが証しをするのです。ですから、聖徒たちの心の中で証しをするのはイエス・キリストだけです。ですから、聖書はイエス・キリストについての神の言葉であり、イエス・キリストはそれを証しするのです。
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