むしろ、からだも魂も地獄で滅ぼす力のあるかたを恐れなさい
『 また、からだを殺しても、魂を殺すことのできない者どもを恐れるな。むしろ、からだも魂も地獄で滅ぼす力のあるかたを恐れなさい。』 (マタイ10:28)
これは、イエスが12弟子に言われたである。 神は悔い改める者救われる。
エジプトまさに王は助産婦たちに赤ん坊を殺してと命令した。
『神を恐れていない者は、悔い改めしない。 しかし助産婦たちは神をおそれ、エジプトの王が彼らに命じたようにはせず、男の子を生かしておいた。』 (出エジプト記1:17) 神の御言葉を守ることができるのは、勇氣がなく、神の御言葉に從うある。
『さらに、先の獣の前で行うのを許されたしるしで、地に住む人々を惑わし、かつ、つるぎの傷を受けてもなお生きている先の獣の像を造ることを、地に住む人々に命じた。 』 (默示錄13:14) 神は「どんな形状もいけない」と命令された。
形相がコンピュタのアイコンである。『また、小さき者にも、大いなる者にも、富める者にも、貧しき者にも、自由人にも、奴隷にも、すべての人々に、その右の手あるいは額に刻印を押させ、この刻印のない者はみな、物を買うことも売ることもできないようにした。この刻印は、その獣の名、または、その名の数字のことである。』 (默示錄13:16-17)
さて、聖書は「子羊の命の書に 記錄された者のみサタンに勝つ」と述べた。 イエスキリストの中に入る人が、神から救われることができる。 今日では、 敎会で救いについても簡単に言う。
神からの救いは容易なことではない。 人間の心は非常に惡である。 人間は惡の心を自分で修理することができない。 だからこれを悟する者に、神が恵みを施される。 神は十字架で死んだイエスと連合された者に內なる人を再び生まれるくださっただ。 『それとも、あなたがたは知らないのか。キリスト・イエスにあずかるバプテスマを受けたわたしたちは、彼の死にあずかるバプテスマを受けたのである。 すなわち、わたしたちは、その死にあずかるバプテスマによって、彼と共に葬られたのである。それは、キリストが父の栄光によって、死人の中からよみがえらされたように、わたしたちもまた、新しいいのちに生きるためである。』 (ロマ6:3-4)
『わたしにむかって『主よ、主よ』と言う者が、みな天国にはいるのではなく、ただ、天にいますわが父の御旨を行う者だけが、はいるのである。』 (マタイ7:21) 父なる神の意味は次である:罪人が十字架でイエスと一 緖に死ななければならない。 そうでなければ、神は罪人に火怒りを注ぐだろう。 イエスと一 緖 に十字架で死ぬことは肉体ではなく、惡魂(貪欲、古い人)である。 惡魂は死んで、新しい人に再び生まれるだろう。まるでコンピュタのハ-ドディスクを交換するのと同じである。 神が悔い改める者新しい者改造させてくださる。 悔い改める者は「自分が惡い存在だということをわかっている」者だ。だから神に 対して邪惡 自分がイエスのように死者になる。イエスは自分自身を否定していなければ、神の国に入ることができないと述べた。 イエスを信じると告白するが、神を恐れていなければ、彼はまだ邪悪の中にあるだろう。
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