アダムとイブ
(15)アダムとイブ
アダムは地球の粘土によって生まれ、生きた魂でした。『主なる神は土のちりで人を造り、命の息をその鼻に吹きいれられた。そこで人は生きた者となった。 』(創世記2:7)
アダムは、神の国で罪を犯した天使の代表を表しています。 それは、犯罪の天使たちが入る最初の粘土による生き物でした。 アダムは世界に住んでいて、死にました。 神はアダムをエデンの園に入れました。 アダムは、エデンの園を通して神の国で罪を犯した天使の象徴のように示されました。 彼は神の国の霊的な存在でしたが、物質界でも人間になりました。 イエスは神の国の主なる神でもありましたが、霊を救うために罪人の形でこの世に来られました。 『しかし、アダムからモーセまでの間においても、アダムの違反と同じような罪を犯さなかった者も、死の支配を免れなかった。このアダムは、きたるべき者の型である。 』(ローマ5:14)
神はアダムの肋骨の一つを取り、それによってイブを造られました。 イブは最初からエデンの園で生まれました。 アダムは世界で生まれましたが、イブはエデンの園で生まれました。 アダムとエバは神の国で罪を犯した霊的な存在でしたが、エデンの園で生まれ、生まれてから霊的な存在になりました。 しかし、蛇に誘惑されたイブは、木の実を食べて神のようになり、アダムに与えました。 それでアダムも果物を食べたので、彼らは両方ともエデンの園から追い出されました。
エデンの園は、地上の神の国を象徴しています。 この地では、神の国が教会になります。 比喩的に言えば、誰かが他の人の助けを借りて教会に行きました。 しかし、彼は神の言葉を捨て、彼の邪悪な考えのために世界を好きになりました。 彼は教会から追い出された。 誰かが教会に来ましたが、サタンとの戦いで負けた場合、彼は神の国から追放されます。『霊により、あるいは言葉により、あるいはわたしたちから出たという手紙によって、主の日はすでにきたとふれまわる者があっても、すぐさま心を動かされたり、あわてたりしてはいけない。 だれがどんな事をしても、それにだまされてはならない。まず背教のことが起り、不法の者、すなわち、滅びの子が現れるにちがいない。 彼は、すべて神と呼ばれたり拝まれたりするものに反抗して立ち上がり、自ら神の宮に座して、自分は神だと宣言する。』 (IIテサロニケ2:2-4)
ですから私たちはサタンと戦わなければなりません。 背教は最終的にサタンの誘惑によって倒れ、サタンの追随者になりました。『勝利を得る者は、このように白い衣を着せられるのである。わたしは、その名をいのちの書から消すようなことを、決してしない。また、わたしの父と御使たちの前で、その名を言いあらわそう。 』(黙示録3:5)神の国のいのちの書に記録されている人々はサタンを打ち負かします。『悪魔の策略に対抗して立ちうるために、神の武具で身を固めなさい。 わたしたちの戦いは、血肉に対するものではなく、もろもろの支配と、権威と、やみの世の主権者、また天上にいる悪の霊に対する戦いである。 』(エペソ6:11-12)
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